2011年6月30日

壁材


セルフビルド中の(まだ解体中だが…)家の壁は外側に土を塗り付ける工法なのである。その土はいわゆる壁土なのだが、これの入手がなかなか大変。最近の家で外壁が土で出来ている家など皆無に等しく、そもそも北海道では全くと言って良い程見掛けない。色々調べてみても、田んぼの土が良いとか、荒木田土と呼ばれているとか書いてあるが、ここには田んぼそのものが無いし、私は田んぼを見たことすら殆ど無い。

図書館やネットを活用しながらさらに調べを進めていると、川の底に溜っている水を通さない層(遮水層)の土が良いらしいことが分かった。これはこれで色々種類があるのだが、この辺りの土地は火山性の地層であり、割と適した土がありそうだ。ただ問題は、その土をどうやって掘るかだ。川の底を勝手に掘ったら怒られるだろうし、第一そんな体力も無い。

ここは思い切って重機の力に頼ることにした。

使った重機と掘り出した遮水層の土

川が意外と深いので、結構傾いて掘っている


人と比べると重機の巨大さが分かる

このショベルの先にあるのが遮水層であり、それを選別して掘って行ったのであった。

と言う風に書けば、家の壁ごときを作るのになんて大袈裟な事をしてるんだと思われるが、実はこれは工事現場に行って土をもらって来ただけの話である。家の近所に川があり、うまいタイミングで河川改修工事を行っている最中であったので、厚かましい私は(多少躊躇はしたが)現場の担当者に聞いてみることにしたのであった。この工事は開発局が行っており、掘った土砂は余ってしまうので遠く離れた場所まで運んで行って費用をかけて処分しているということであった。

なんてラッキーなんだ! 「どうせ捨てるんなら、私の敷地に捨ててね」と言って交渉してみよう!

早速、この工事の責任者にお願いして、遮水層の土を譲ってもらうことにした。突拍子の無い突然の依頼にもかかわらず、この方は快く引き受けてくれた。並行して土のサンプルを少しもらって分析を行った。簡易な分析の結果、シルト(無機)約20%、礫25%, 有機残渣10%,残りは砂などであった。これなら土壁になりそうだ。早速、川底の土で私の欲しい遮水層の質感と色を伝えて後は連絡を待つだけになった。

後日、「そちらの希望する土を選り分けておきましたので見に来て下さい」と電話があり、喜び勇んで現場に駆けつけると1枚目の写真のように遮水層の土がテンコ盛りになっていた。土の状態を確認し、これで希望通りのものであることを伝え我が家へ戻った。

しばらくして、ダンプカーがやって来て大量の土を庭へ運び入れてくれました。工事現場で見た時は大した量では無いと思っていたが、何度もダンプカーが往復している内に合計40トンにもなり庭に小山が出現した。どうもありがとう!

写真では小さく見えるが、40トンはさすがに大量


さて、これを土砂と粘土に分け、さらに壁土に適したものに作って行かなければならない。なんだか凄いことを始めてしまったのかも知れない…。

もらったよ!と書けば非常に簡単なようだが、工事関係者は色々な方面への調整等で大変な苦労をしたに違い無い。皆様には申し訳無い気持と感謝の気持で一杯の私です。
大型鳥かご


狭い鳥かごに閉じ込めておくのが可哀想になったので、解体途中の2階の1部屋を鳥かごにした。
8畳だがペモペモから見れば巨大空間であり、これまで使っていた止まり木などは部屋の中のゴミ同然である。仕方が無いので庭から不要な枯れ木を持って来てキャンプ用パラソルの台に固定した。

高さ2mの「止まり木」

大変開放的な鳥かごが出来ました。ペモペモの飛行能力をやや越える空間であるため、ドアを開けっぱなしにしていても外へ出ることは無さそう。

広すぎるかごに感動中…、か?

ここで待っている間に、1階では解体作業が続いている。

2011年6月26日

餌取り訓練


ペモペモは、親鳥が口移しで給餌する雛の状態から、自らのクチバシで餌を拾いあげて食べられるようになった。とりあえず一歩成長した訳だが、このままでは単独では自然界で生きて行けない。今日から人工の餌では無く、自然界の餌を食べる訓練をすることにした。

まずはミミズである。庭の軟らかそうな土を掘ってみると、栄養状態が素晴らしく良いミミズが大量に出て来た。この大きさだと、ミミズに鳥をやっているのか、鳥にミミズを食べさせているのか分からなくなりそうだ。どっちみち、この大きさだと口に入らないよな…。

なんとか小さめのミミズを見つけペモペモに与えたが、初めてみるミミズが食べ物だという認識が無さそうである。仕方が無いので何度も口の前に持って行ったら、いきなり丸飲みしてしまった。美味しそうな顔をするでも無し、また食べたいと言って来る訳でも無い。2匹目を与えても同じである。バッタをやっても同じ結果だった。まあ、それでも初めて自然界の餌を食べた訳だし、一歩前進したと思うことにした。

ミミズを食べ終った後の表情

解体作業の合間を縫って、庭で飛行訓練を行っていたが、何度目かの飛行の後に庭の林へ飛んで行ったきり戻って来なくなった。大して飛べる訳でも無いので目の届く範囲の木の枝に止まっているが、手の届く範囲では無い。このまま自然界にリリースしてもまだ生きて行けないので何とか捕獲を試みるが、野性に目覚めかけているのか単に外が楽しいのか知らないが、一向に戻って来る気配が無い。

そんなことを繰り返しながら家屋の解体作業続けていたが、陽が傾きかけた頃突然玄関の方から鳴き声が聞こえた。どうやら戻って来たようである。そのまま捕獲して移動用ケ−ジ(ただのAmazonの段ボール箱だが…)に入れて帰宅した。

今日一日の訓練で疲れたのか、ペモペモは帰路のレーシングカーの中では熟睡状態であった。良く寝られるような、こんな騒音と振動だらけの車内で。やっぱり大物なんだな…。
解体続行中


例の「ドギュー」の勢いは止まること無く、1階の間仕切り壁のほぼ全てを解体出来た。1階の四隅から玄関や奥の部屋まで全て一望に出来る。

奥の部屋から玄関を見る
リビング側を見る
山積みの瓦礫と練習で作った椅子




 外壁の解体および天井解体をどうするか思案中。天井はどうやって解体すれば良いのだろう?力任せに破壊しても良いのだが、天井裏には大量のグラスウール等があり、当時の工法ではそれらは固定されていない。撤去した壁の上部隙間からもその事実が伺える。天井と共におびただしい量の飛散グラスウールが身体中に降り注ぐことになるはずだ。

不織布製のツナギ、防塵対策用ゴーグル、高度防塵マスクなどは購入済みであり、いつでも毒ガス製造でさえ出来そうな勢いである。でも、その後どうすれば良いのか分からないので悩んでいる…。

2011年6月22日

ペモペモ


近所の河辺をウロウロしていると、足元ででっかい声で鳴いている、いや、泣き叫んでいると言った方がしっくりくる生物がいた。恐らく巣立ちに失敗したのか、飛行訓練中にあらぬ方向へ飛んで行って不時着したのかだろうと思われる雛がいた。

近くに親鳥がいるかと思い様子を見たが見当たらない。その場を離れて15分後に戻ってみると、まだそこにいた。親が認識できない程離れてしまったのか?人間の手で保護(拉致か?)するのは避けるべきだが、もう時刻は18時30分だ。このままだと生きていけないと思い、良くないと思いつつ車に乗せて連れ帰った。

あらぬスピードと信じられないコーナーリング、びっくりするようなエンジン音という無茶なレーシングカーの助手席で、そいつはおとなしくしており、遂には寝てしまった。きっと大物なんだろう…。その姿を見て安心し、途中でホームセンターに寄って餌等を買って帰った。

この雛は幼過ぎて金属の篭に入れられないので、清潔な段ボール箱に止まり木を付けたり新聞紙を敷いて準備する。人間の手から餌を食べるかどうか心配したが、この大物は何の躊躇も無く大きな口を開け、お腹いっぱい(正確にはそのう一杯)餌を食べた挙げ句に熟睡してしまった。部屋の照明も明るいし、近くで家事をしてもお構い無しで寝ている。やっぱ大物は違うな。

翌朝、再び親鳥を探しに家から41Km離れた昨日の場所へ戻る。雛は一生懸命鳴いて親を呼ぶが反応は無かった。結局、この日は朝昼夕方と3回も頑張って探したが親鳥には巡り合えず、再び連れ帰ることになった。

親を探す合間、作業小屋でひと休み中のペモペモ

もう親を見つけるのは無理だろうから、我が家で飼うことにした。

名前はペモペモ、手乗りです。

2011年6月18日

緑化屋根


その後、屋根の崩落や雨漏りも無いが、雨で土壌が流されたのかその量が減少して来た。
仕方が無いので、再度土を作ることにした。

庭の土を一輪車に用意する。

畑の土なので黒い

ポリアクリル酸ナトリウムに水を加え、一晩放置しておく。すると、元の大きさの1000倍程になるのでこれを土に混ぜ込む。
1000倍に膨らんだポリマー
殆ど水だけなので簡単に粉々になる


そこへゼオライトを加える。

ゼオライトの分量は適当

さらにパーライトを加え、芝生の種を混ぜる。
手前の白い部分がパーライトと種。奥がゼオライト
ポリマーを入れる理由は、単に保水層を作るためである。当り前だが屋根の上は水分に乏しい。かと言って厚い土の層を形成するとその重みで屋根が崩落する危険がある。ましてや私が作った屋根である、間違いなく倒壊するであろう。

このポリマーは自重の1000倍の水を保持出来、植物の根の浸透を妨げない。したがって、雨が降ればこのポリマーが大量に水を吸い、乾燥が進むと植物に水を奪われながらその体積は限りなくゼロに近付き邪魔にならない。理屈ではそうなるはずだが、本当にそのようになるかどうかは分かる訳が無い。今後の観察に委ねることになる。

ゼオライトを入れる理由は簡単だ。この小屋の裏山で産出されるからだ。

小屋とゼオライト山の2ショット
ゼオライトは土壌の酸性を中和し、保水力もある。また最近では放射性物質の吸着機能も注目されているが、別に大気中の放射性物質をこの小屋に呼び寄せようとしている訳では無い。

パーライトを入れる理由は2つある。パーライトはめちゃくちゃ軽いので、これを入れることによって土壌全体の比重が下がり、屋根の負担が軽くなる(はず)。2つ目は、芝生の種が土に満遍なく混ざっているかどうかを知るために入れる。パーライトはいくら土に混ぜても白い粒のままであり、この白い粒が満遍なく混ざるように土をかき混ぜれば、芝生の種も混ざったということが分かるからである。ちょうど、小麦粉に塩やスパイスを入れて混ぜる時にブラックペッパーをいれると均一に混ざったかどうか分かるのと同じ理由。

パーライトとゼオライト

前回、全然芝生が生えないと書いたが発芽が遅かっただけで無事に生えて来たようである。
やっと生えて来た芝生


しかし、待ち切れなかった私は、その辺にある雑草をひっこ抜いて屋根に乗せたのである。おかげで屋根は元気な緑でいっぱいである。

芝生が発芽する前に屋根に投げ込まれた雑草群

今後、雑草と芝生の苛酷な競争の結果が観察されるであろう。まぁ、勝負は見えていると思われるが…。

目指した屋根は、こんな感じなんだけど

(C) Erik Christensen

私の小屋は遠くから見ると、まるで廃虚だ。

2011年6月16日

謎の機械と成果物


今後大いに役立つと思われる機械を作成した。何度か設計を変更したが、やっと完成したので試運転を行った。

試作機1号




1号機(人力)の試運転を待たずに試作機2号(電動)が完成


原料を入れて

スイッチON!

完成!

出来具合は微妙だが、とりあえず動作したのでOKとしよう。手動式から電動式に変えたのは正解であったようだ。とてもじゃないけど、私の体力(腕力?)では圧縮/整形など出来ない。

これが何をする機械なのかは秘密。
解体作業

作業小屋も一段落したので、旧家屋の解体を進めることにした。

解体について調べたが、そもそも家屋を自力で解体する人が少ないのか(少ないだろうな…)有用な情報の入手が困難であった。WEBや図書館もあまり役には立たない。結構な時間をかけて調べたが、「建物の構造を良く理解し、後はパズルを解くように建築時の逆順に接合部分を離せば良い」という漠然とした期待を大きく裏切る結果しか得られなかった。

気を取り直して道具を揃えにホームセンターへ行ってみると、「どぎゅう(DOGYU)」という、妙な響きの工具が売られていた。「怒技勇」か「怒牛」なのか?なんだか解体がすんなり行きそうな名前だ(気のせいだ)。調べてみると「土牛」という社名だった。

他にヘルメット、ゴーグル、防塵マスクなどを買い揃えて解体現場へ!

まずは安全靴を履く。

この靴は爪先に鉄が仕込まれていて、重量物や落下物から足を守ってくれるそうだ。


「どぎゅう」の威力は素晴らしく、殆どの箇所はこれとハンマーだけで解体出来た。石膏ボード、化粧合板、間柱などを外して行き、強固な柱等はレシプロソーという電動のこぎりで切りまくってやった。日頃の鬱憤と共に壁は跡形もなく消え去った。

こんな壁も

どぎゅー1個でここまで解体できる


なんかすっきり!

2011年6月2日

小屋作り(4)


入口に階段を付けて、なんとなく小屋らしくなった。


ベッドと洗面台もつけたので今週末は一泊してみる予定。




屋根の芝生は生えて来る気配無し…。先日の雨で土が流れてるし…。

小屋作り(3)


屋根の骨組みも完成し、OSB板を屋根に乗せて外観は出来上がり。小屋と言えども屋根から落ちたらシャレにならないので命綱をつけて登る。





しかし、命綱(白いロープ)の継っている位置が足もとって…。意味があるのか?
ちなみに履いている靴は「スーパー足袋靴V」という鳶職のプロが履く足袋のようなもの。


窓は自力で作ったけど、ドアは隣の家を解体しているのでそのまま流用した。室内用のドアだけど気にしない。

屋根にはルーフィングという防水シートを貼って雨対策はばっちり。その上に屋根材となる板とか瓦とかシングルと呼ばれるものを乗せるんだが、ここはちょっとチャレンジして緑化屋根にすることにした。この上に芝生を生やすのである。


 解体家屋の押し入れの扉を剥して裏返して屋根に乗せる。その上に特殊な土をスコップでばら撒く。

これで緑化屋根の小屋が完成する(はず)。
小屋作り(2)

床も完成したので、電動工具を使うために電気を引くことにした。CD管というチューブの中にVVFケーブルを50m通して地中に埋めた。おしゃれな地中埋設である。


床の上で壁の骨組みを組み立てる。

これにOSBという合板を張って壁が完成。簡単。

壁を立てるときは、軽トラの荷台にロープで結んで倒壊を防いだ。軽トラ大活躍である。

あとは屋根の作り方を調べて骨組みを乗っけるだけ。
小屋作り(1)


基礎と土台(のようなもの)が出来たので、床と壁の作り方を調べるために図書館と本屋へ行く。なんとなく作り方が分かったので、作業再開!




びっくりするほどぴったりに収まった土台と床のサイズ。1mmのずれも無い。床と地面の水平も完璧!
練習台(3)


家を作るにはその構造を知る必要がある(と思う)。

と言うわけで、そのミニチュア版である「小屋」を作ることにした。
小さいながらも屋根があり、壁もあって床さえ存在するという本格的なものだ。
何故小屋なのかというと、家を解体した時に道具等を保管する場所に困るからだ。

で、早速図書館へ行って建築関係の本を読み漁った。

その結果、つーばいふぉー工法というのが適当なのでこれで行くことにした。まずはホームセンターへ基礎材と床材だけを買いに行った。まだ基礎の作り方と床の作り方までしか習得していないからだ。



この派手な軽トラは、某原野に住む師匠からの頂きものなので「げんやー号」と命名した。師匠はこれで立派に家を建てたので、私もそれを見習って。



牛舎跡のコンクリート部分に束石を立てて、周りをコンクリートで固める。枠は自作のもので、この時点で既にゆがんでいるが気にしない。この足の部分は、元々は牛舎の中で牛のウンコが溜る溝である。ここを日々大量のウンコが流れていたのだと思うと、感慨もひとしおです。
練習台(2)


椅子も作ってみた。写真は無いけど、座っても崩壊しないものが出来た。
そろそろ家でも作ってみるか。
練習台(1)


今年はちゃんと手順を踏むことにした。

まずは大工道具を買い込む。卓上スライドソー、レシプロソー、インパクトドライバー、ドリルドライバー、レーザー水準器、レーザー距離計、さしがね、チョークラインなど。どれも初耳のものばかりである。

説明書を読みながら、壁にドリルで穴を開ける。おお!開いた!
説明書を読みながら、壁と壁の距離を測る。おお、mm単位まで測れた!
説明書を読みながら、壁をレシプロソーで切る。おお、切り取れた!


こんなことを繰り返している内に飽きて来たので、何かを作ることにする。
 まずはテーブルから。

卓上スライドソーが乗る大きさと丈夫さで完成。

思ったより簡単。
土地の付属品(3)

空いている土地に新築の家を建てることも検討したけれど、当然ながら古い家は景色の良い場所に建っているので、これが残っていると邪魔になる。

築29年とは言え、基礎がかなり丈夫でヒビ一つ無いし造りもしっかりしている。このまま住むのは嫌だけど、壊してしまうのも勿体無い。随分悩んだ結果、自分でリフォームしようと思い付く。もちろんただの思い付きであり、大工や解体の経験や技量がある訳では無い。

でも、ここにあるものは全て自分の所有物であり何をしても誰からも文句を言われることは無い。ここは思う存分にチャレンジしてみることにした。

まずは壁である。何故壁かと言うと、他の部分は歯が立たなかったのである。構造がさっぱりわからない上に、道具がハンマーだけである。とりあえずリビングの壁をぶち破った。

ボコッと穴が開いた壁は数ヵ月経った今でもそのままだ。

中から「間柱」とか「石膏ボード」とかが出て来たんだけど、それ以上分解する方法が分からないからだ。引っ張っても叩いてもどうにもならない。廊下の壁も試みたが、結果は同じであった。


そんな訳で、家中の壁に穴が開いただけの状態になってしまったので、リフォームを敢行するしか無い状態だよん。
土地の付属品(2)

酪農家の離農地であったため、牛舎跡や農機具倉庫跡、築80年を越える開拓時代の家屋(廃虚)があり、産業廃棄物業者に撤去を頼むつもりであったが、ものは試しに自分で撤去してみることにした。

バール、巨大ハンマー、10tの重さに耐えるワイヤーロープなどを買い込み、夏の暑い日に挑戦したのであった。わずか30分で諦めがつきました。無理です、こんなものを素人が単独で解体するのは。

仕方がないので、築29年の現役家屋の方を解体することにした。
土地の付属品(1)



ここは離農跡地というところであり、敷地内に数多くの痕跡がある。牛舎跡、開拓農家住居、農業設備、畑など。そして、暫く放置されていたせいで雑草、倒木、農業廃棄物で隣地との境界も定かではない。これらの処分や手入れで途方もない時間を費すことになった。

どこから手を着けて良いのかわからず、とりあえず草ボーボーのところから片付ける。言うまでもなく、草刈りなどしたことは無いし「苅り払い機」という草刈り機も使ったことが無い。どこに売られているのかすら知らない。色々な人に聞きまくり、専門店で「プロ用」の機械を購入することにした。なぜプロ用かと言うと、草刈りの面積が1000坪以上あるからである。ホームセンターで売られているアマチュア用(?)では歯が立たないらしい。


しかし、草刈りが下手/土地が広過ぎる/雑草の生命力が強大という三重苦を抱え、草刈りだけで数ヵ月もかかった。苅った後から後からどんどん草が伸びて来るのである。草刈りの機械がプロ用かどうかという以前に、使う人間の方が大きな問題であった。

結局、草刈りを完了する前に冬がやって来て屈強な雑草達は枯れて行ったのであった…。
 不動産の売買契約

私達が欲しいのは土地そのものと周りを囲む森だけであり、付属する家屋などの居住痕跡物は不要であった。しかし、当然ながら売り主としては土地だけ売る訳にも行かず、また家屋にも相当の対価を希望しており双方の金額には3倍近い開きがあった。何度も交渉をしたが金額の折り合いが付かず、最終的には売り主の言い値に近い金額での契約となった。まぁ、仕方が無い。

次の問題は、土地の「地目」が「農地」であったため、一般人である我々にはそのままの形では購入出来ない。普通の不動産売買であれば、不動産屋さんに実印と印鑑証明とお金を払えばすぐにでも自分のものになるのだが、農地を買うにはなかなか大変な作業が必要であった。

どれだけ大変であったかはここに書くのも大変なので省略。これに比べればその後の不動産登記に関する手続きなど至って簡単なので、司法書士に頼むこともせずに自分で法務局へ行ってちゃっちゃと済ませてしまった程である。

もちろん、地目変更に比べれば不動産登記の方が簡単であったというだけの話であり、登記手続き初体験の私の相手をしてくれた法務局は大変だったに違い無い。
土地を探す

北側に山々、東西には草原、森や川、南方向には平野、見渡す限り視界を遮るものが無い、そんな土地を探して7年が過ぎた頃、やっと今の土地に巡り合えた。

もちろん、土地を所有するまでは一筋縄では行かなかったのは言うまでもない。
シ・アン・ルル

その昔、この地はシ・アン・ルル(shi-an-rur)と呼ばれていました。
自然が豊かでとても良い所です。

この付近の人口密度は2人/平方Km。

ここで自由気ままに暮らして行きます。