2026年1月1日

謹賀新年2026

 いつもと変わらず、いつもの場所からの初日の出。って、やはり文章は毎年同じだ……。

少し雲りがちな空

でも、ちゃんと地平の彼方から初日の出

しばらくすると雲の間に隠れてしまった

 今朝は氷点下14℃で風が強く、道路上の雪は全て凍り付いて洗濯板みたいな様相。

ロプノールは「なんで今日に限って朝早く連れ出されなきゃいけないんだ」と言いたそうな顔をしながら、リードを引っ張って帰ろうとするのをなだめながら先へ進む。

日の昇る辺りには雲が漂っており、初日の出がちゃんと見えるかどうか心配になっていたが、毎年のことながら日の出の瞬間だけは雲が切れて美しい初日の出が見えるのである。これも日頃の行いの良さが……。

 

今年の始まりも特別なこのお酒から!
 

昨年末はJASS18を頑張って読み切ったので、今年は立派な意見書を作成して提出することが出来るであろう。私はいったい何屋さんなのか甚だ疑問だが、まあいいか。

 

今年もよろしくお願い致します。 

 

2025年12月23日

飾り物

 何度目かの学生生活をアメリカで過ごしていた頃、近隣にリトル・ノルウエーという昔の開拓時代のノルウエー移民の集落をそのままの姿で保存している博物館があった。そこで「冬至」を祝う人々の思いやその背景にある過酷さを知ったのである。

それまで冬至なんてただの「カレンダー上のとある一日」くらいの知識しか無かったのである。まあ詳細は省くけど、世界中の特に寒冷地では冬至を祝うところがとても多い理由が良く分かったのである。このリトル・ノルウエー村もその様子が克明に表されており、「太陽と地とヒト」そんな関係が私にとても強烈な印象を与えたのである。

その後、地球を一周して日本に戻って来たのであるが、大阪や東京に住んでいる内にそんなことはすっかり記憶の彼方な状況であった。

さらに月日が流れ北海道に住むことになり、あのときの記憶がふと思い出されて「春を待つ思いを込めたリース」を作ったのである。

えっと、ショボ過ぎ…

 庭に生えている邪魔な蔓草を刈り取って乾燥させ、適当な長さに揃えて一生懸命作ったんだけど、こういう才能というか美的感覚というか何というかとってもショボいものが出来てしまい、これを「リトル・ノルウエーで教えてもらったリースだよ」と言ってしまえば当事者に全力で否定されてしまうような出来栄えになったのであった。

このリースのお陰ではないものの春はやって来た、面倒なので放置している内に夏もやって来た、秋も、次の冬も…。

もう飽きてきたなと思っていたのであるが、これを超える装飾モノを思い付くことも無いまま月日が過ぎて行った頃、いつも髪を切ってくれる美容師さんが(見るに見かねて)このリースを変身させてくれたのである。ありがとうございます。

へんしーーーーん!

クリスマス!

シャンパンの栓が人形に…


 ということで、今年はサンタクロースを待つリースに変身したのでした。へへへ。

追記) リトル・ノルウエー村は、2012年に閉鎖されたそうです、知らなかった。 残念だけど、こうして春を待つリースが同じ北緯43度の地であるここに……(もう一回否定されそう…)。

 

2025年12月12日

冬の到来

 今年も待ち遠しかった冬がやって来た。

冬と夏、どちらも好きな季節なのだが近年段々と夏の暑さが嫌になってきたので冬の方に気持ちが傾いているのかも知れない。

冬と一言であらわすにはその様相は季節の始まりの頃から終わりにかけてそれぞれ異なった顔を見せるのである。

今季初めての雪化粧の庭木

 いつもの景色ではあるものの、毎年異なった風情を醸し出す庭の様子がなんだか不思議な感じがする。タイムラプスで撮影でもしていれば、よりはっきりと分かるのかも知れないが、それは無粋というものだろう。

雪は降ったり融けたりを繰り返すうちに根雪となって、自然の中で逞しく生きている生物達はこのまま春を待つ覚悟を決めるのだろう、そんな覚悟という言葉を持たない私以外はね……。

 今年も雪が積り始めると野鳥が寄り付いてくるのである。野生生物に餌付けのような行動は慎むべきだとは理解しているつもりなんだけど、足元にやって来てエサをねだったり肩にとまったりされると、じゃあちょっとだけねと言いながらエサをやってしまうのである。困った。

手乗りです

給餌場所に入れるまで待てません

頭を撫でても平気なヤツ

 それぞれ別の日に撮影したのだが、画角が全て同じという芸の無さ……。

 

野鳥の餌付け……、もう少しちゃんと考えなければ。