2012年5月13日

7.5cm

料理をする人ならわかると思うが、肉の下味をつけるために調味料を振った肉にフォークで刺して味を染み込ませる手法がある。生肉に刺さるフォークやピックの感覚は一種独特であり、刺し始めは固いがある程度刺さるとあとは一気に中まで突き通る。
肉の中にスパイスが入り込み、特にオーブン料理などであればこの下ごしらえの差が分かりやすい。やはり手間暇をかけた料理は美味しいし、酒も進む。

肉を刺す時は、一気に刺した方が刺し易いし中まで一直線に通るので、躊躇せずに思い切って刺すのが良い。チキンの皮付きモモ肉の時は特にそうすべきである。尖ったフォークの先端が皮で一瞬止まり、そのまま力を加え続けると一気に肉の内部まで突き刺さる。ズブズブっと…。

そんな事が脳裏をかすめながら私は119番に電話していた。

痛かった。とても痛かった。誰もいないへんぴな所なので、もしこのまま動けなくなれば命にかかわるかも知れないと思った。現場での作業中は、面倒でも必ず手の届く所に携帯電話を置くか身に着けるように心がけているが、お蔭で電話だけはすることが出来た。

解体作業中に外した板や木材、特に釘の付いたままの木は必ず一旦作業の手を止めて安全な場所へ移動させていた。最初の頃は釘をいちいち抜いていたがあまりにも時間がかかってしまい、文字通り年が明けてしまったので昨年から一か所に集めて定期的に処分するようにしていた。

この日も、抜いた釘付きの端板を外した後、面倒だったが安全第一なので脚立から降りて片付け始めた。ところが板が2枚落ちたはずなのに、何度探しても1つしか見付からなかった。背の高さから落ちた板がそんなに遠くまで行くはずは無いと思いつつも、半径2m程度までくまなく探したがやはり見付からない。ヘルメット、安全靴、防護マスク、ゴーグルなどの安全装備は万端だったので油断もあったのだろう、そのまま作業を続行した。

作業が終って脚立から降りた瞬間、先程の釘付き板が見付かったのである。そう、脚立の足元に落ちていたのである。そして、その尖った先端を上に向けた釘の真上をめがけて私の左足が着地したのであった。

ズブズブ…、っと。

踏み抜いた瞬間に状況が完全に把握出来た。まるでスローモーションを見るかのように、釘が靴に刺さった瞬間に何かを踏んだ事がわかり、釘が突き進んでいる瞬間にこれが先程探していた釘であることが理解でき、靴底を通り抜けて足の裏に釘の先端が到達した瞬間に危険を感じ、かかとに入れていた力を抜くように爪先側に体重を移動しようとし足に力を入れ始めた瞬間に釘の大部分が足の中を突き進んで行くのが感じられ、体の重心が爪先側に移動する前に完全に釘は足の中へ入っていったのがはっきり分かった。

チ、チキンのモモ肉を突き刺す時と全く同じ感覚だ…。

生まれて初めて「ギャー」という叫び声を上げたような気がする。文字通り「ギャー」としか表現出来ない叫び声であった。

数秒間呻いていたが、このままじっとしている訳にも行かないので、状況を把握するために腰を下ろして靴を見た。ものの見事に刺さっている。足の裏が熱い。直観的に出血を伴わないと判断出来たので、足から釘を抜いて穿孔部を観察した。出血は小さじ1杯程度。傷の大きさは直径2mm程度。釘は壁から抜いた時に長さが分かっていたが、それが足から抜け出てくると長さは何倍にも感じられたのである。ど、どこまで刺さっているんじゃー!って。

 釘先が骨に到達していないかを調べるために踵を軽く揉んでみたが、良く分からないながらも大丈夫なようだ。神経を傷つけていないかどうか膝や大腿部に痺れのある場所を探してみたり、他に怪我はしていないかどうか全身を見てみたり、両手を伸ばした状態で左右の手の人指し指の先端同士を向かい合わせにひっつけることが出来るかどうか確認したり(これは脳を強打した時の確認で、意味はなかったな…)しながらとりあえず写真を取った。

靴を脱いだ直後(左足のかかと部分)
グロいので小さな写真
傷自体は思ったより小さい。穿孔傷なので表面は小さくて当り前だが…。


脱いだ靴に刺さったままの釘
ピンぼけだが、こんな感じで刺さってた
痛かったが、それなりに冷静に写真を取っていた。何かあった時の用心のためだが、結果的に何も心配することはなかった。
固くて抜きにくい
結局、119番には症状と居場所を伝えただけで救急車は断った。代わりにここから一番近くて現在受け入れ準備が可能な病院を教えてもらい、その病院へ連絡した。

これらは、今は大丈夫だと判断してもこの後何かが起こって事態が急変した場合を考えてのことだった。救急への電話記録が残っているので私の素性、居場所も把握されており、病院側にも居場所と症状、病院への到着予定時刻も伝えてあるので、たとえこのまま意識を失ってもいつか見付けてもらえると判断したからである。まぁ、助かるかどうかは別問題だけどね。

この釘の刺さったままの安全靴を持って病院へ行った。クラッチの操作が大変だったが、信号がある訳でも無く、交通量は殆どゼロなので7Kmの道のりをゆっくり走って無事に病院へ到着。玄関には看護師さんが出迎えてくれていた。

骨に到達していないかどうか調べるためにレントゲンを取ったが、あと2mm程左へずれていたら骨を直撃したであろう位置に骨と傷跡が写っていた。ちょっと危なかったかも。釘の刺さったままの靴を見て医師は笑っていたが、釘の先端の状況(汚れ具合、錆び具合)によって化膿のしやすい状況かどうか判断出来たらしいので無駄では無かった。


板から付き出た部分が6cm程度
釘全体の長さは7.5cm
釘の大半は靴の中だった
結局、安全靴のかかとの厚みがかなりあり、7.5cmの釘は板を1.5cm、靴底を4.0cm付き抜けた後だったので、足には約2cm程刺さっただけだった。

化膿止めと鎮痛剤など
安全靴を履いていたにもかかわらず釘が足に刺さった事にかなり腹が立っていたが、こうやって見ると普通の靴だともっと大きな事故になっていたのは確実なので、安全靴という名のデザインセンスのかけらも無い、妙に高価な靴であったが役に立ったということである。

木曜日に怪我をして、この週末は酒が一滴も飲めなかったのが辛かった。でも、傷もすっかり良くなり普通に歩けるまで回復したので、ブログに書くことにしたのである。

さて、今夜は冷たいビールを飲んでワインを飲んで…。