2013年10月8日

番外地

昨年も同じタイトルで驚愕の事実を書いたが、それには思いもかけない更なる事実が隠されていたのである。

慌ただしく引越しをした我が家であるが、転居手続きはそれなりに事前に済ませていた。NTTやほくでん、市役所、郵便局などで住所変更の手続きを行い、「北海道××町字○○番外地」と転居先を登録した。これで全ての転出手続きが終り、新居の町役場へ転入届を出した時のことである、そこで驚愕の事実が判明したのである。

たかが土地ごときに驚愕の事実が何度も訪れ、その度に驚かされていた私達であったが、今回も慣れることは無く驚いてしまったのであった。

それは、この土地は番外地ではなかったのである。ちゃんと住所が存在し、それを住民票に記載しなければならなかったである。昨年、ここが番外地であると知らされとても驚いたものの、時間の経過と共に、番外地という事実や言葉になれて来た矢先の出来事であった。何度驚かせれば気が済むんぢゃ、この土地は…。

前回も書いたが、この辺りは「線」と呼ばれる道路を基準にした住居表示を採用している。○○という地域名に線の順序を記載する、○○基線123番地とか、○○東2線234番地などである。そして、その道路に隣接しているものの、それらの住居表示が適用されない土地は、地番のみがある番外地という存在となっていたのである。

なんだか釈然としない私達は、町役場でその経緯を調べてもらったのであるが、更に色々な特殊な事実が判明し、結局謎は一つ減って4つほど増えただけになってしまった。とりあえず、私達の土地は正式に私達の所有物であり(そりゃそうだ)、住所も周囲とは異なる形式で付けられてはいるものの番外地では無いというのが結論であった。その住所とは、「字○○11ー2」である。おまけに家は11ー8で登記されているが、実際には11ー2に建っている。11ー1、3、4、5、6、7は存在しない。恐らく度重なる分筆、合筆の結果だとは思うが、とにかく現状と登記内容はバラバラである。それに、周囲の土地・建物が新しい住居表示に移行した時に私達の土地だけが取り残されたという、肝心の理由が判明しないままだ。

一体、この土地に何があったんだろう?来年もまた新たな驚愕の事実を伝えて来るのか?いつまで続くのか分からないが、当面この話題で楽しめそうである。

結局、各方面には登録住所の修正を行わなかったので、郵便物は「○○番外地」で届くし、宅配便は「△△牧場隣り」で届く。郵便局に聞いてみると、このエリアには同姓の世帯がないので、番地を書く必要は無いそうだ。ということで、ここに郵便を送る人は、好き勝手な住所を書いて送って下さいね。

突発性深夜移動

空も高くなり、すっかり秋の気配。建築現場の窓から外を見ると、広大なトウモロコシ畑も刈り取られ収穫されていた。しばらくすれば雪虫が現れて冬が到来するだろう。

数ヵ月ぶりに見える隣家
建築作業の方はと言えば、外界の変化とは対照的に壁ばかり塗っており何の変化も無い。そこで壁塗りを中断して、ここは気分転換を兼ねてインテリアにも着手しようと、ふと思い立った。相変わらずのただの思い付きなので、その根拠も必然性も何ひとつ無いのはいつも通りである(そう言えば、去年は池を掘っていたな…)。

家を作り始めてから3年が経過した我が家であるが、実はその通勤途中で気になっていたモノがある。初めてそれを見た時からとても気になっていたのだが、入手方法が全く思い付かなかったのである。見る度にその方法を考えていたのだが、ある日妻が「そこに直接聞いてみれば?」というので、その所有者であろう会社の本社へ連絡をしてみた。

その結果、なんと譲ってもらえることになったのである。いやー、言ってみるもんだな。そのブツとは…。

バス会社の敷地裏
そう、それは世間ではバス停と呼ばれている物体のことだ。バス会社は定期的にバス停を新調しているし、路線が廃止になって不要になることもある。そんな役目を終えたバス停が眠っている資材置場に目をつけた奴が私だったということである。

早速、バス停に第二の人生を送らせるべく、ゲンヤー号に乗せて建築現場へ持ち帰ったのであった。

我が家に到着
 これを綺麗に塗装し直して、我が家専用のバス停を作ろう!敷地の入口は「自宅入口」、玄関には「自宅前」、家の中に「自宅中」。これでインテリアだけでは無く、エクステリアも大きな進歩ではないか(たぶん、違うと思うが…)。

ガスが開通し、灯油ラインも完成した。壁はまだまだ途上だが、断熱機能の大半は稼働している(はず)。ブランコも完成した。念願のバス停も手に入った。あとは主人公の到着を待つばかりではないか…。

そんな訳で、急に引越しをすることにしたのであった。突然の決定なので、引越し業者との打合せもテキトー、見積りもテキトー、運搬スケジュールもテキトーであった。その結果、
不運なトラック in 暗闇

我が家にトラックが到着した時点で既に周囲は暗闇であり、まだ外灯も無い建築現場でトラックや私達の車のヘッドライトを頼りに、大量の荷物は建築途中の我が家へ運び入れられたのであった。おまけにこの日は朝から雨であり、作業員達は、暗くて足場が悪い、家が未完成、荷物が濡れるという三重苦を背負いながら運搬してくれた。どうもありがとう。

彼等は作業が終ると帰って行ったが、見積り担当者と運搬担当者との認識に大きな齟齬があったため、なんと旧宅に多くの荷物が積み残されてしまったのである。ゲンヤー号と4WD車を動員して自力で残りの荷物を運び入れるという、引越しまでが泥縄式であったため運搬作業が終ったのはなんと深夜の23時30分であった。疲れた…。

深夜残業中のゲンヤー号

という訳で、2010年7月に入手して以来、3年以上も経過してからやっと引越ししました。明日から通勤の必要が無い建築作業が始まります。