2016年12月22日

水道管のトラウマ

私が以前勤めていた会社は、いわゆる外資系の会社であり本社はカリフォルニアにあった。非常に変な会社で、合理的というかドライというか日本の慣習に従うつもりはさらさら無い組織であった。

成果さえ出れば細かな規則は不問、というより就業規則そのものが無かったのである。このあたりは私と非常にウマが合う組織であった。私は気の向いた時に出社し、気が済むまで仕事をし、気が乗らなくなると帰宅、働く気分になれない日は出社しないという自由奔放な生活を送っていたのである。入社の翌月、通勤さえも面倒になってしまった私はこの会社のビルの斜め向かいのマンションに引越して、徒歩通勤15秒、ドアからドアでも1分という至近距離に住んでいた。会社のコードレス電話の子機を自宅に持って帰っても通話可能な距離であり、傘も要らないお気楽な生活であった。

仕事の殆ど全てがアメリカと歩調を合わせていたので、時差の関係で出勤時間は夕方頃になり退社は明け方になることが多かったのである。そして、サンクスギビングデーからクリスマスまでのホリデーシーズンは休暇気分でゆっくり仕事が進んだが、年末年始は逆に日本のような雰囲気は皆無で、元旦もバリバリ働いていた。

忘れもしない1月3日午前4時50分、自宅に戻った私は音楽を聞きながら夕食(なのか?)の準備を始めようとしていた。とりあえずビールでも飲むかと、栓を開けた瞬間「ポン、プシュー」と言ういつもの音に続いて、「バシュッ、ドドドド、バシャーッ」というとても大きな音がしたのである。一瞬何が起こったのか理解出来なかったが、その音は止まることも無く続いており、それは浴室の方から聞こえて来たのであった。

恐る恐る廊下奥の浴室の方を見ると、そこには破断した水道管とそこからすごい勢いで吹き出す大量の水であった。茫然自失。1分もしない内にその水は川のように流れて来て、瞬く間に3LDKの全ての部屋が床上浸水したのである。

私はエレベーターを待つのが嫌という理由で、10階建てのマンションの2階を選んで住んでいた。一階は駐車場なので、夜中に室内で踊って騒いでも誰にも迷惑をかけないで済むという、とても恵まれた環境であった。しかし、私の部屋の奥にある配管エリアには、2階から10階までの各部屋に給水するため、普通の家にある何倍もの太さの水道管があり、その一部が何故か部屋の中に露出していたのである。そして、その太いパイプが突然外れてその太さと同じ水柱が床から天井まで届く大噴水となって我が家を襲ったのであった。

正月の夜明け前、こんな時間にどうすれば良いのか分からなかった。元栓がどこにあるのかも知らないし、管理会社の電話番号も知らなかったのである。途方に暮れた私は、ふと最上階に大家さんが住んでいることを思い出し、急いで玄関のベルを鳴らしたのであった。正月気分で寝ていたであろう大家さんは驚きながらも急いで駆けつけてくれたが、彼らが元栓を閉じた時には既に室内はプールのようになっていたのである。プカプカといろんな物が浮いており、まるでマンガを見ているようであった。

低い位置にあった電化製品はほぼ全滅、家具も全て下部は水につかり、無事だったのはベッドの上の布団とハンガーにかかっていた服くらいのものであった。寝ることも出来ず、また世間は正月モードなので引越し先を見つけるのも大変であった。仕事が忙しかったので会社に寝泊まりしながら、仕事の合間に正月ムード漂う不動産屋めぐりをして、ようやく4日後に700m離れた所に転居先を見つけたのであった。

このような、二度と経験したくない出来事があったため、私は水道管を見るとえもいわれぬ不安と不信を感じる体質になってしまったのである。