2018年5月31日

スマートウォッチ

昨年4月にスマートウォッチとやらを買ってみたのである。最初は興味本位だけで見ていたのだが、意外と使えそうな機能があることが判明したので、どうしようかと考える間もなくポチッと注文していたのである。

数年前にAppleがこの手の商品を発売したとき、私の興味をひくだけの魅力に欠けたものであったのでその後すっかり忘れていた。最も落胆したポイントは電池の持続時間が論外と言わざるを得ないほど短かったからである。毎日スマホを充電するだけでもうんざりなのに、 さらに時計ごときにも毎日充電するなんて私の許容範囲を大きく越えていたからである。

さて、今回購入したスマートウォッチはどのようなものかと言うと、機能は最小限、充電は3週間に一度だけ、充電時間は7分間、軽い、小さい、壊れたり紛失しても気にならないほど安価というものであった。

見るからに安っぽい
 普通の人がスマートウォッチを購入する動機は良く知らないが、私はスマホをうっかりマナーモードにしたままにして着信が分からなかったり、そもそもスマホが行方不明ということが少なからずあったからである。

携帯電話がまだ小さかった頃は、常にマナーモードにしてジーンズの前ポケットに入れていたのだが、スマホになってからというものは、どこに入れてもどうもしっくり来なくてひたすら邪魔な存在になってしまい、カバンの中や車内の適当な場所に転がしたままというのが常態化していたのである。その結果、電話がかかって来ても全然気付かずそのままということが少なからずあったのである。
小さかった頃の携帯
今の生活状況を鑑みると、ストレスの無いのんびりした生活という意味では悪いことではないと思うが、このような状況は生存そのものを疑われかねないと言う困ったことになる可能性が否定できない。

 さて、このスマートウォッチだが意外と使い勝手は良いのである。まず小さくて軽いので装着感があまり無い。スマホ本体に専用アプリをインストール後はBluetoothで常時接続されており、電話やメールの着信があると時計本体に内蔵されたバイブレータが軽く振動して知らせてくれるし、SMSやスケジュール、アラームなどもちゃんと日本語表示で教えてくれるので、気付かないということが激減した。

またモーションセンサーが内蔵されているので、装着している人間の活動状況をある程度把握出来る。つまり、起きているのか寝ているのか、起きているが長時間おなじ姿勢のままか、歩いているのか走っているのかなども分かるのである。そしてそれを利用してスマホ側のアプリで簡易な健康管理のようなことが出来るのである。

歩数計としても使えるので、移動距離、歩数、平均速度、消費カロリーなどが計測出来、アプリ側で履歴も残せるので数か月間の遷移も分かる。まあプロファイラやトレーサーがやっていることと大きく違わないということだな……。

 この一年間を振り返ると、一日の平均歩数は10,000から15,000歩、多い時は25,000歩ほどのようだ。歩くことを意識して生活しているせいもあるが、東京にいた頃に比べると3倍程度歩いているようだ。

どんだけのんびり歩いているのかと…
その他にスマホが行方不明の時は時計を「探すモード」にすると、スマホがピーピー鳴って場所を教えてくれたり、「撮影モード」にすると時計のスクリーン
を指でタッチするとスマホカメラのシャッターが押されるので自撮りが簡単に出来るみたい、使ったことは無いけどね。

 問題は無いのかというと、まあ計測精度がそれほど高く無いことがあげられるが、それはそんなに問題では無い。本当の問題は、まあスマホのアプリにありがちなことだが、計測データをアプリの開発元と思しきサーバーへ無断で送信することである。スマホから出ようとするパケットをキャプチャしてみると、どうもec*-*-*.*.amazonaws.comへかなりの頻度で通信を試みているようである。パケットをブロックしてみると、アプリの画面遷移やモード遷移がグダグダになるものの、基本的な機能に支障は無いようなので私は通信制限したまま使っている、ははは。

なんだかんだと言いながらも、このスマートウォッチの良い点は、スマホとの連系動作のみに重点を置いており、スマホと機能の重複が殆ど無く、全てにおいて割り切った設計にある。まあコスト削減を突き詰めて行っただけの結果とも言えるが……。

高価、高級、高機能なスマートウォッチは、文字入力や時計単独での通話が可能であったりするが、それは時計に求められるべき機能なのだろうかという疑問がある。凝ったフルカラー表示、演色性に優れた液晶、豊富なセンサー類、巨大なポリマー電池、ボタン、コネクタなど、肥大化の一途を辿るのは、何か求められる方向性が違うのでは無いかと思う。そしてその結果が頻繁な充電要求やアップデートにつながっているだけではないのだろうか?

 まあそんな訳で、私の買い物の中では久しぶりに、役立つ買い物をしたという満足は得られた数少ない製品であった。